飲食業4分の1が時短営業根付いた「タイパ」に縮小均衡の足音

新型コロナウイルス禍の収束以降、人手不足に悩む飲食業や小売業などでは「時短営業」が定着した。限られた労働力を有効活用するための業務効率化は不可欠だが、付加価値の増大が伴わなければ長続きしない。投資を通じた生産性の向上で、実質賃金の引き上げにつながる拡大均衡を目指すことが重要だ。

首都圏中心に居酒屋など約80店を展開するホリイフードサービスは、コロナ禍を契機に主要店舗で終業時間を午前3時から午前0時に前倒しした。「深夜営業で売り上げは増えるが、採用コスト増などで収益拡大に結びつかない」(大貫春樹取締役)との判断だ。

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深夜営業の実施店比率は半減

飲食店の予約管理システムを手掛けるトレタ(東京・渋谷)が全国の約3000店の25年1〜8月の営業時間(来店のある時間)を調べたところ、午前0時〜5時に営業する飲食店の比率は5〜6%と19年(9〜11%)比で半減し、午後9時〜11時に営業する店舗の比率も約60%と10ポイント程度低下した。「人材を確保しにくく、長時間営業が困難になっている」(白鳥幸一執行役員)

コロナ下、政府や自治体の要請に応えて、休業や時短営業に踏み切った居酒屋やファストフード店では、コロナ収束後も「早じまい」を続けるところが少なくない。日本経済新聞が主要飲食企業を対象にした調査では、24年度から人手不足に対応するため時短営業を行った企業は25%、定休日の設定・追加をした企業は18%に上った。

24時間営業も困難に

影響は労働集約型の産業全般に広がっている。求人サイト運営のインディード・ジャパン(東京・港)では小売り関連職種の求人に占める「24時間営業」などの言葉を含む求人の比率は19年は2%を超えたが、25年は1%前後で推移する。青木雄介エコノミストは「人材流出や賃金上昇が雇用主に営業時間の見直しを迫っている」と見る。

長時間労働が常態化してきた建設業でも休日が増えた。日本建設業連合会(東京・中央)の調査では24年度に週休2日(4週8閉所以上)を実施した作業所の比率は61%と19年度(26%)比で2.3倍に高まった。働き方改革の成果だが、就業者数が増えずに労働投入量が減れば、工期は延びる。

国土交通省が調べた大手50社の8月の手持ち工事月数(建築)は17.6カ月とコロナ前の19年より3割増え、受注残(同)は17.2兆円と5割増えた。あるゼネコン幹部は「建て替えを諦め補修でしのぐビルが増えそうだ」と明かす。

時短だけで賃上げ原資は賄えず

全就業者の総労働時間である労働投入量は、近年の働き方改革などで右肩下がりだ。女性やシニアの労働参加も限界に近づき、就業者数のピークアウトも迫る。業種を越えた人材争奪戦が激しくなるなか、24年の就業者数は飲食業や建設業もコロナ前の水準を下回った。企業に対する「時短圧力」は高まる一方だ。

時短で人件費を圧縮すれば、収益が改善するケースもあるが、付加価値が増えなければ、働き手に還元する賃金の原資も増えない。日本総合研究所の西岡慎一主席研究員は、「稼働調整で一時的に生産性が上がっても、実質賃金が上がらないのであれば、少ない労働力で無理に需要に応じているだけで、持続可能ではない」と指摘する。

地方の温泉旅館などでは、人手のかかる食事の提供を諦めて宿泊に特化することで、稼働率を維持する「泊食分離」の動きも出ているが、客室単価が下がれば必ずしも収益は拡大しない。もっぱらコスト削減に頼るだけでは、2030年の訪日外国人旅行消費額を24年比約2倍の15兆円に引き上げる、という政府目標の達成は遠のく。

沖縄県今帰仁(なきじん)村のリットホテル今帰仁ではフロント担当者がレストランの業務も担うなど、従業員総出でホテルを維持している。料飲部を統括する岡本三枝子さんは「すべての部署で人が足りない」と語る。新規事業として予定していたレンタカーの貸し出し事業は今も開始できないままだ。

労働生産性は、生み出された付加価値を労働投入量で割って計算される。時短を通じた分母の削減に加えて、業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)や人材のリスキリング(学び直し)を通じた分子の拡大がなければ、縮小均衡は免れない。

(日経電子版 参照)

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